永井正夫

癌が与えてくれた、同郷の偉人・山極勝三郎先生との出会い

私が現代の癌研究の礎となった一人である山極勝三郎博士を知ったきっかけは、私自身が2006 年に大腸癌手術を患い、がん研有明病院に入院した折、病院ロビーの片隅の掲示物から、がん研究会設立者の中に山極博士の名前を見つけたことです。
退院後、先生の足跡を調べることで、山極博士が私と同郷であり、またその研究業績が素晴らしいことを改めて知りました。
今にしてみれば、私の癌からの生還も、100 年も前の先生の人工癌発生という、癌の基礎研究のおかげかもしれないと感じます。
山極先生に更に感銘したのは、医学研究のみならず明治18 年(1885 年)22 歳という若さで組織した郷友会です。
山際先生と同年で家も近所同士だった小河滋次郎は、日本の民生委員制度の根幹を作った人物ですが、山極先生と彼によって作られた郷友会は、生まれ育った土地への深い郷土愛からなるものと思います。
会が130 年経った現在も連綿と続けられていることからも、それは察せられるのではないでしょうか。
先生の医学会での業績は、昭和40 年(1965 年)の中央公論の特集の中で、緒方富雄氏が「近代日本を創った医学者からただひとり選べと言われれば山極先生を挙げる」と言っているように誠に大変で偉大なものだと思います。
この先生の生き方を映画化できるとすれば、この業界に生きる私の冥利に尽きます。 現在、癌の罹患患者数は年間90 万人を超えると言われています。
この映画を製作することで、癌治療者やその家族には精神的な支えを、癌研究者や癌治療に携わる多くの先生たち、医療の開発研究に携わる人々にとってはその方々の誇りになれる作品にしたいと思います。

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